内田樹氏の著書「寝ながら学べる構造主義」に、リナックスOSについて言及されている一節があります。リナスとはリナックスOSを開発したプログラマー、リーナス・トーバルズ氏の愛称です。
以下引用
―しかし重要なのは、このOSを発明したリナスさんは、これで天文学的な利益を手に入れることができたのに、それをせずにインターネットに載せて、無料で公開してしまった、ということです。
すぐれたOSが無数の人々の協力によって進歩することのほうが自分一人が大富豪になることよりずっと大事なことだ、とリナスさんは考えたのです。
(中略)
彼が求めたのものは近代的なコピーライトによって「作者」が得るものとは別の方向をめざしています。
近代的な作者は自分の作品を一元的に管理することを求めましたが、「リナックス」に代表される「オープンソース」の思想が目指すのはその逆です。(「オープンソース」というのは、世界の成り立ちについて、私たちに何事かを教える可能性のある情報は、無条件かつ全面的にアクセス可能でなければならない、という考え方のことです。)
リナス氏は自分の作品を世界に開放しました。それを改良させ、発展させ、利用する人々が一人一人その作品の意味と価値を見出すことに委ねたのです。もしこれが文学作品であったとしたら、彼はそれを無償で配布し、それをどう享受しようと、どう改作しようと、どう引用しようと、その自由を読者に委ねたことになります。
引用終わり
自分の語っている言葉(あるいは音)が、知らぬうちに誰かの手によって改竄されて、発表されていたらあるいはとても悲しいかもしれません。(たぶん悲しいと思う。)
でも、ぼくらはいつも、誰かの意思を紡いでいる。
ぼくが作る曲、それは、ぼくが修学した楽典ルールであり、ぼくが盗んだひとつの音階であり、ぼくが記憶したメロディーの一部であり、さっき広げた地図だ。それらの要素をペタペタ貼り付けて、(しかもぼくは他人の作りあげたコンピュータープログラムを用いて音を並べている。)形を作り、自分の作品として発信している。
ぼくらは常に何かを借りている。
リーナス・トーバルズ氏が提唱したオープンソースの思想(アイディアの開放と共有)が、インターネット界を超越して、音楽界、文学界に浸透するには、まだまだ年月が必要だろう。でも、とりあえずぼくらはリナスを歌いつづけます。
つづく。














